−ウッデイ エイジ No.518199610月号)−
木を使ってもらうために

北海道立林産試験場 葛西 章

 

 はじめに

 昨今,多くの機会に森林の重要性や,木材の素晴らしさが見直されるようになりました。しかし,一方では木製品は,腐る,狂う,弱いなどの理由をあげて,その使用を敬遠する考え方にも出会います。確かに木製品は他の材料と同様に万能選手ではありませんが,乾燥をきちんと行ったり,使い方の工夫や,鉄やコンクリートなど異種材料と複合することによって,木材の弱点は克服できるようになりました。

 また,木製品は価格が高いとかメンテナンスが必要との理由をあげて,その使用を避ける考え方に出会うこともあります。しかし,木製品の方が安いものも沢山ありますし,仮に木製品の方が高いから,あるいはメンテナンスが必要だからという理由で木を使わなくても良いのでしょうか。

 最近,木材は人間に対して大変優しい材料であることが,種々の研究で明らかになってきました。ここでは,これらの研究の成果を紹介しながら,木材を使うことが,地球環境にとっても,人間にとっても必要であることを明らかにして行きたいと思います。

 森林の役割は無限

 地球環境の汚染や環境破壊が懸念される現在,この森林の大切さが改めて見直されるようになりました。

 それは,森林には次のようなすぐれた働きがあるからです。

1) 空気中の炭酸ガスを吸収し,酸素を放出することによって,空気を浄化し,地球の温暖化を防ぐ。
2) 雨水を葉や枝に留めたり,枯れ葉の堆積した腐葉土にたっぷりと吸収し,洪水や土砂崩れを防ぐ。
3) 森林は,薬の原料となる微生物や動植物を育てたり,交配によって病原虫に強い作物や収量の高い作物を作るための野生植物も育てている。

 このように,森林は大変大切な働きをしていますが,この働きをすべて人工的に作り出すとすれば,その価格は日本の森林だけでも40兆円にもなると林野庁では試算しています。

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 熱帯林の減少を防ぐためには世界の支援が

 図1は世界の森林面積が,1980年を100としたとき,1990年にはどう変化したかを表したものです。図から明らかなように先進地域の森林面積は増えています。それは木を伐採した後には,必ず植林をしているからです。しかし,地球の肺,野生生物の宝庫といわれる熱帯林や開発途上地域の森林は急速に減少しています。

 それでは,開発途上地域や熱帯林から切り出された木材は,何に使われているのでしょうか。

 図2は熱帯林を含む開発途上国における木材の用途別生産量を表したものです。紙や建築材料,家具材料などの用材として使われているのは全体の20%,残りの80%は薪や炭などの燃料として使われていることがわかります。そして,世界に輸出される量は用材の20%,全体のわずか4%に過ぎません。したがって,仮に先進地域で熱帯材を一本も使わないとしても,この地域の燃料問題や食糧問題を解決することなしには,熱帯林の減少を食い止めることはできません。

 しかし,木は再生可能な唯一の資源です。熱帯林の伐採を減らし,保存を図るだけでなく,世界の各国で植林をされに促進することが大切です。

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 地球の温暖化を防ぐキーワードは森林

 地球環境問題として,現在世界の政治問題にまでなっているものに,炭酸ガスの増加による地球の温暖化があります。

 図3は大気中の炭酸ガス濃度と地球の平均気温の経年変化を示したものです。図から明らかなように,産業革命後,石炭や石油を大量に使うことによって,それまで0.3%と変わらなかった炭酸ガス濃度が増加し,それに伴って地球の平均気温も上がり続けていることがわかります。このままの勢いで炭酸ガスが増え続けると,21世紀末には平均気温が3℃上昇し,南極や北極の氷が融けて海面が1m近く上昇し,例えばナイル川河口だけでも530万人もの人達が土地を失うなど,人間生活に重大な影響を及ぼすと警告が発せられています。

 この温暖化を防ぐ鍵の一つは,森林を増やすことだと言われています。それは木が空気中の炭酸ガスを吸収し,固定化しながら成長するからです。

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 木材流通,木材輸入には環境原理を

 表1は日本の森林の年間物質生産量を表したものです。表から明らかなように,天然林の生産量はあまり増えていませんが,人工林はどんどん増加しています。木は空気中の炭酸ガスを吸収して成長しますので,植林を進めて人工林の成長を図ることは,地球環境を守ることにつながるわけです。

 しかし,人工林を豊かな森林に育てるためには,手入れが必要です。雑草を刈り取ったり,幹にからまるつるを切ったり,除伐や枝打ちなどを行わなければなりません。そのためにはお金がかかります。もし,その手入れにかかる費用を補償できる価格で,原木を購入しないならば,林業家が経営意欲を失って手入れがおざなりになり,林が荒廃して,地球環境を守る豊かな森林が育ちません。

 そのためにも,木材は単に市場原理だけで取り引きするのではなく,環境原理ともいえる価格体系を作って取り引きすることが必要でしょう。

 また,最近円高や海外の安い人件費を背景に,安価な木材,木製品が入って来るようになりました。消費者という立場だけでみると,これは歓迎されることでしょう。確かに,今のうちは安い外材を使い,国内の森林を温存すれば良いという意見にも出会います。しかし,これが間伐等国内の人工林の手入れを妨げ,森林の荒廃につながっているとすれば,やはり問題でしょう。なぜなら,人工林が荒廃しても,海外から山まで輸入することはできないからです。そのためにも,環境原理ともいうべき視点からみた適切な輸入体系を考えることも必要だと思いま

 木材の使用は温暖化を防ぐ

 では,森林は大切な資源だからといって,一本も木を使わないとすればどうなるでしょうか。

 紙も家具も家も,すべてプラスティックや鉄,コンクリートだけで作るとすれば,使い終わった後にゴミの山ができるでしょう。木材は土中で分解して土に帰り,また支障なく燃やすこともできます。

 表2は各種材料を製造するときに発生する炭酸ガスの量を示したものです。表から明らかなように,炭酸ガスの発生量を同じ大きさの材料で比較すると,鉄は木材の約200倍,アルミニウムは約800倍にも達します。したがって,木材を使わないことによって,むしろ炭酸ガスの発生量を増大し,地球の温暖化に拍車をかけることになるのです。

 実際に家を建てる場合はどうでしょうか。図4は木造住宅と鉄筋コンクリート造住宅1m2当たりの炭酸ガスの発生量を比較したものです。図からわかるように,鉄筋コンクリート造は木造の約2倍もの炭酸ガスを発生することがわかります。

 また,図5に木製サッシとアルミサッシを製造するときの,サッシ1m2当たりの炭酸ガスの発生量を示しましたが,図から明らかなように,木製サッシの炭酸ガス発生量は,アルミサッシの1/30に過ぎません。

 このように,炭酸ガスの発生量を抑え,地球の温暖化を防ぐためには,むしろ木材を多く使うほうが大切なことがわかります。

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 木は人にやさしい生活資材

 もし,太陽エネルギーなどを経済的に利用できるようになり,炭酸ガスの増加による温暖化問題が解決されたとすれば,木を使わなくてもよいのでしょうか。

 木材は昔から,経験的に人にやさしい材料であると言われてきましたが,最近の研究によって,木は触覚,視覚,聴覚,臭覚のどれをとっても,人間にやさしいすぐれた材料であることが,科学的に明らかになってきました。

1)木は多孔性に富むため手足の肌触りが良く,ストレスが生じない。

2)木目が美しく,目の疲れの原因になる紫外線を程よく吸収するため,目にやさしい。

3)人の気持ちをイライラさせるかん高い音を程よく吸収するため,音の響きが良い。

4)木の香りは脳から発するα波を増加し,ストレスを和らげる。

 このように,木材はすぐれた材料であることが,科学的に明らかになってきました。

 そのほか,医学的な研究や調査によっても,木材は動物や人間にとって無くてはならない材料であることがわかってきました。

 種類の異なる飼育箱で,生まれたばかりの子ねずみを飼育する実験が行われました。その結果は図6に示すように,コンクリートの飼育箱では1週間後に50%,金属では90%が死にましたが,木の箱での死亡率は10%程度に留まっています。

 飼育箱の種類は,子ねずみの繁殖機能の成長にも大きな影響を及ぼすことも発表されています。表3からわかるように,卵巣,子宮,睾丸の成長量は,木の飼育箱での成長量を100とすると,コンクリートや金属では50〜70程度に留まり,木が動物の繁殖機能の成長にとってもすぐれていることが明らかになりました。

 また,ねずみの夫婦を飼育箱で飼い,生まれた子供の哺育の様子を調べる実験も行われました。その結果は表4に示すとおり,親が子どもをきちんと育て,世代が正常に継続していったのは,木の箱に木屑を敷いたときのみで,コンクリートやアルミの飼育箱では,親が子ねずみをかみ殺すなど,何らかの哺育異常が発生しました。

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 校舎は木造が良い

 人間についての研究結果はどうでしょうか。

 木造の校舎と鉄筋コンクリート造の校舎で,子どもと教師の疲れに与える影響を調べた研究があります。

 小学生を対象とした「眠気とだるさ」および「注意力集中の困難さ」についての調査結果を図7に示しました。図からわかるように,明らかに眠気や注意力に与えるマイナスの影響は,木造校舎の方が鉄筋コンクリート造校舎より少ないことがわかります。また,鉄筋コンクリートの床と,少なくとも腰壁部分を木材で覆うことにより,疲労度が低下することもわかりました。

 図8に教師の蓄積的疲労すなわち気力の減退について調査した結果を示しました。その結果,大人の場合も子どもの場合と同様に,木造校舎の方が鉄筋コンクリート造に比べて疲労の少ないことがわかります。そして,勤務年数が長くなるにつれて,木造の場合は変わりませんが,鉄筋コンクリート造では,明らかに疲労がたまって行くことがわかります。このように,木材は子どもの教育環境としても,教師の勤務環境としても勝れていることがわかりました。

 

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 木造住宅に住むと長生きする

 住環境の寿命に及ぼす影響についても研究されるようになりました。

 図9に西日本地域の女性を対象に,木造率と乳癌による死亡率の関係を調査した結果を示します。1968年から10年毎に調査したものですが,木造率が高いほど乳癌による死亡率も減っています。そのほか,肺癌,食道癌,肺臓癌についても,乳癌と同様に木造率が高いほど死亡率が減少することがわかっています。

 また,木造住宅270件,鉄筋コンクリート集合住宅62件を対象に,死亡年令を調査した研究があります。事故の場合を除いた平均死亡年令は,表5に示すように,木造住宅のほうが鉄筋コンクリート集合住宅より,9才も長生きしていることがわかりました。なぜ,木造住宅では長生きするのか,種々の角度から研究されていますが,木のある生活環境に住むと,ストレスがたまりにくいことも,その原因の一つではないかと言われています。

 このように,木材は人間の住環境を作る上に,無くてはならぬ材料であることが,科学的,医学的に明らかになったわけです。

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 おわりに

 以上,最近の科学的,医学的研究成果から,木は人間の住環境を構成する上に無くてはならぬ材料であることを紹介してきましたが,だからといって鉄やコンクリートなど他の材料を排斥する目的で,これらの紹介をしたわけではありません。それは冒頭でも述べたように,木といえども万能選手ではないからです。他の材料の優れた性能を生かし,互いの特徴を取り入れた異種材料との複合的な使い方を考えることも必要だと思います。

 木は再生可能な資源です。成長量に見合った分だけ木を使う,伐ったら必ず植える,この関係を維持していく限り,森林は人類に対し永久に地球環境の保護と生活資材の供給という恵みを与え続けてくれます。

 したがって,林業,林産業にかかわる者にとって,身の回りにできるだけ木の温もりを取り入れてもらう,また木を無駄なく大切に使うために努力することは,単に飯の種というより,一歩進んで,地球環境を守り人の命を大切にするための崇高な使命ではなかろうかという気がしてなりません。